私たちは、「色眼鏡」を通して世界を見ています。
それは例えば、
「世界とは怖いところである。」とか
「人を信じると痛い目にあう。」のような、世界観であったり。
「私は、不完全な人間である。」とか
「私は、人に避けられる。」のような、自己定義であったりします。
この色眼鏡は、価値観、思い込み、信念体系、観念、ビリーフ、などと呼ばれます。私たちは、常にこの色眼鏡を通して、世の中と関わっています。
(特に注意書きがない場合、当サイトでは「ビリーフ」で統一します。)
やりたいのに、できない。
進みたいのに、進めない。
こんな状態の時には、こころの奥底に、何か制限をかけるビリーフが横たわっていることが疑われるのです。
「ビリーフ」という言葉は、単に信念という意味ですが、このサイトで度々出てくる「ビリーフ」は、持っている本人に制限をかける「リミッティング・ビリーフ」のことを差しています。
色眼鏡(ビリーフ)の成立
この「色眼鏡」生まれてからすぐに出来るとも、言語獲得時期からできるとも、言われます。が、幼少期から大人になるまで(いえ、なってからも)かなり長期間に渡り形成されていきます。
そして、大人になってからも、「色眼鏡(ビリーフ)」は日々作られ、日々繰り返し強化されていきます。幼い時期に出来た「色眼鏡」ほど何度も繰り返して使われ、その方の意識に定着しているのです。
そのため、その方にとっては、常識や当たり前以上に当然のこととなっており、自分では「色眼鏡」をかけていることに、気がつかなくなってしまっているのです。
では、どうしてこのような「ビリーフ」を作ってしまうのでしょうか。
なぜビリーフはできるの?
子どもは、その発達の過程で、お母さんやお父さん、周りの親戚や友だちなど、外界の様々な影響を受けて育ちます。
例えば、「危ないところに近づかないで。」という保護者からのメッセージを、「自分の好きな所へ行けない!」や「自分には自由がない!」と解釈をしているケースもあるかもしれません。
お母さんやお父さんの、表情を読んでは、「今悲しいのかな?僕が居てもだめなのかな?」と、「自分は無力である。」と解釈をしているケースもあるかもしれません。
なにしろ、幼い子どもの頃の解釈なのです。
思い込みであったり、カン違いであったりも、するのです。
なりたい自分になるとは、制限を外すこと。
なりたい自分、目標としている自分、理想の自分。
それがはっきりと明確なのに、どうしてもそこへ進むことが出来ない。
そんな、見えない鎖に足を繋がれているような気持ちになるときがあります。
なにか制限がかかったように感じている時
その、幼い頃に作ってしまった「ビリーフ」が邪魔をしている、という可能性があるのです。
でも、さきでお伝えしたように、それは幼い頃の、思い込みであったり、カン違いであったりします。
その思い込みや、カン違いを外していくことで、段々とやりたいことが自由にやれる、なりたい自分に近づいて行けるのです。