本心を伝えるタイミング

いつもなら見過ごしていたはずの
自分の本心に気がついてしまった。

それは、本当にささやかで
普段通りの私であれば
とっととフタをして
見ないことにしていただろう。

だって、めんどくさいから。
やるのは決定事項なんだから
ゴタゴタとわがままを並べていても
時間の無駄。

だから、今までの私ならば
無かったことにしてゴミ箱に投げ入れ
フタをして知らんぷりしてた。

でも、今回は
様々な癒しの過程にあって
その違和感に気がついてしまったのだ。

あぁ、めんどくさいなぁ。
私はこころオタクではあるけれども
毎度毎度自分を掘っていくのも
面倒になる瞬間だってある。

そんなわけで数日放置しておいたけど
そろそろ、なんかしてみようかな
という気持ちになってきた。

なんだかモヤモヤする
その感触を感じてゆくと

「ホントはイヤだ、行きたくない。」
という言葉が出て来た。

そうか、行きたくないか。

だって、
誰も私の気持ちなんて
聞いてくれないじゃないか!

それなのに
いつも私が計画立てて
気をまわして
そんなんなら行きたくない!

そうか、誰も気持ちを聞いてくれない。
そんな感じなんだねー。
自分ばっかり!って感じかなー?

何も言わなくても分かってるでしょ?
分かってるならやってよね!
って言われてる感じ。
言われなきゃわかんないよ!

そうだよねー。

そんな風に自問自答していく。
と、あるところでふと気がつくのだ。

私の本心は「イヤだ」ではない
ということに。

その層は、薄皮が何枚も重なった
玉ねぎに例えられることがある。

最初に「イヤだ」の皮をむいていくと
次に「欲しい」の層が出てくる。

本当は、関心を持って欲しい。
私のことに目を向けて欲しい。
であることに。

そして、さらに
その「欲しい」の層が
いつからあるのか
を見ていくと

大抵は「母」が出てくるのよね。

本当は「母に」感心を払って欲しい。
私のこと「母に」目を向けて欲しい。
なのですね。

幼い時に、それが得られなかったと
勘違いしているため

それを別の人(私の今回のケースは夫)に
向けてしまったりする。これが大抵において、人間関係の面倒さに繋がってるんだよね。

しかも今回
ちょっとタイミング悪く
皮むき途中の「行きたくない!」

を、ダイレクトに訴えてしまい
失敗したなと思いましたよね。
ダイレクトに傷つけちゃいますからね
失敗しっぱい、ごめんごめん。

「これがイヤなんじゃー!!
ではなく
「こうして欲しかったよ」
と伝えたほうがいいよね。

教訓
本心を誰かに伝える時には「イヤだ!」ではなく
「欲しい!」を伝えよう!

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